しあわせになる英語 English for Happiness

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「ダライ・ラマ 幸福論」その13。後悔しない人生のために、今、できることは何か?

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人生を幸せで充実したものにする方法のひとつとして、自分が最期の日を迎えた時の
ことを想像して行動するのが良いと言います。その時、人生を振り返ってみて、自分は
充分に生きた、建設的で有意義な日々を送った、と心から思えるためには、今、
どうしたら良いか? ――ダライ・ラマの言葉に耳を傾けてみましょう。

 

The best way to ensure that when we approach death we do so without remorse is to
ensure that in the present moment we conduct ourselves responsibly and with
compassion for others. Actually, this is in our own interest, and not just because it will
benefit us in the future. As we have seen, compassion is one of the principal things that
make our lives meaningful.

後悔しないで最後の日を迎えたいと思うなら、今この瞬間を、他人を思いやることに
使うべきでしょう。それが、ひいてはわたしたち自身のためになります。と言っても、
単に将来の利益が見込まれるからではありません。これまで見てきたとおり、思いやり
はわたしたちの人生を有意義にしてくれる大切なもののひとつなのです。

 

It is the source of all lasting happiness and joy. And it is the foundation of a good heart,
the heart of one who acts out of a desire to help others. Through kindness, through
affection, through honesty, through truth and justice toward all others we ensure our own
benefit.

消えることのない幸せと喜びは、すべて思いやりから生まれます。思いやりがあれば
こそ良心も生まれます。良心があれば、他の人を助けたいという気持ちで行動
できます。他のすべての人に優しさや愛情、誠実さ、真実と正義を示すことで、
わたしたちは確実に自分の幸せを築いていけます。

 

This is not a matter for complicated theorizing. It is a matter of common sense. There is
no denying that consideration of others is worthwhile. There is no denying that if society
suffers, we ourselves suffer. Nor is there any denying that the more our hearts and minds
are afflicted with ill-will, the more miserable we become. Thus we can reject everything
else: religion, ideology, all received wisdom. But we cannot escape the necessity of love
and compassion.

このことを理解するのに複雑な理論づけはいりません。常識で充分にわかることです。
他人への配慮が必要でないと言える人はいません。社会が苦しめば、当然わたしたち
自身も苦しみます。わたしたちの頭や心が悪いものにとりつかれれば、当然、それだけ
自分が不幸になるでしょう。宗教やイデオロギーなど、なくても生きていかれます。
どんな知恵を授けてくれると言われても、いらないと断れます。しかし愛と思いやり
だけはだれにとっても必要なものなのです。

 

This, then, is my true religion, my simple faith. In this sense, there is no need for temple
or church, for mosque or synagogue, no need for complicated philosophy, doctrine, or
dogma. Our own heart, our own mind, is the temple. The doctrine is compassion. Love
for others and respect for their rights and dignity, no matter who or what they are:
ultimately these are all we need.

この単純明快な真実こそが、わたしの宗教であり、信念です。その意味では、寺院も
教会もいりません。モスクもシナゴーグもいりません。複雑な哲学も、教義も、教理も
いりません。わたしたち自身の心が寺院です。思いやりが教義です。相手がどこの
だれであろうと、他人を愛し、他人の権利と尊厳に敬意を払うこと、それが
わたしたちに必要なもののすべてです。

 

So long as we practice these in our daily lives, then no matter if we are learned, whether
we believe in Buddha or God, or follow some other religion or none at all, as long as we
have compassion for others and conduct ourselves with restraint out of a sense of
responsibility, there is no doubt we will be happy.

わたしたちのなすべきことは、これを日々のなかで実践することだけです。教育が
あろうとなかろうと、ブッダを信じていようと神を信じていようと、あるいは他の宗教
を信じていようと、無宗教だろうと、他人への思いやりをもち、責任感によって自分を
抑えていくかぎり、わたしたちはみなきっと幸せになれます。

 

  

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