しあわせになる英語 English for Happiness

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「なぜ今、仏教なのか」その4。あなたにもできる。「無我」の境地に近づくヒントとは?

 

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ブッダの教えの中で、重要とされていながら、なかなか理解することが難しいものに
「無我」と「空」があります。有名な科学ジャーナリストである著者が、自分の実体験
とその豊富な知識を総動員して、この難題をわかりやすく解き明かそうとした本著は、
世界中でベストセラーになっていますが、まずは、「無我」の境地に関する記述から
ご紹介。西洋に瞑想を広めることに大きく貢献した20世紀のタイの高僧アーチャン・
チャーは、「無我を理解するには瞑想しなければならない」と忠告し、この教義を
「知的な思索」だけで理解しようとすれば「頭が破裂するだろう」とたしなめたと
言います。では、どうすればよいか? ――バイリンガルでご紹介します。

 

But we have to start somewhere! And here there is good news. The not-self experience
isn’t strictly binary. You don’t have to think of it as a threshold that you either manage to
finally cross, to transformative effect, or forever fall short of, getting no edification
whatsoever.

でもどこかではじめなければならない。ここでいい知らせがある。無我の経験は厳密な
二元論ではない。たとえば何か境界のようなものがあって、なんとかして最終的に
そこを越えれば変容をとげられるけれど、さもなければ永遠に無我には到達できず
なんの啓発も得られない、などと考える必要はない。

 

As strange as it may sound, you can, with even a fairly modest daily meditation practice,
experience a little bit of not-self. Then, as time goes by, maybe a little more. And――who
knows――maybe someday you’ll have the full-on, transformative version of the
experience. But even if you don’t, important and lasting progress can be made, and
benefits, for you and for humankind, can accrue along the way.

奇妙に聞こえるかもしれないが、ささやかな毎日の瞑想でも無我をほんの少し経験する
ことは可能だ。時がたつにつれてもう少し経験できるようになっていく。そして――
こればかりはなんともいえないが――ひょっとすると、いつの日か完全なる無我を経験
して変容をとげることになるかもしれない。たとえそうならなくても、重要な進歩を
ずっとつづけていくことはできるし、その途上であなたにとっての、さらには人類に
とっての功徳や利益を積むことはできる。

 

Meanwhile, here’s what I recommend: Continue to entertain the proposition you’ve
probably been entertaining your whole life, that somewhere within you there’s something
that deserves the name I. And don’t feel like you’re committing a felony-level violation of
Buddhist dogma just because you think of yourself as being a self.

さしあたりつぎのように提案しておこう。みなさんがこれまでの人生でずっと心に
いだいていたであろう信条、つまり自分のなかのどこかに「私」と呼ぶに値するものが
あるという考えを持ちつづけてもかまわない。自分の自己が自分自身であると考えて
いるからといって、仏教の教義にそむく重い罪を犯していると感じる必要はない。

 

But be open to the radical possibility that your self, at the deepest level, is not at all what
you’ve always thought of it as being. If you followed the Buddha’s guidance and
abandoned the massive chunk of psychological landscape you’ve always thought of as
belonging to you, you would undergo a breathtaking shift in what it means to be
a human. If you attained the state he’s recommending, this would be very different from
having a self in the sense in which you’ve always had one before.

ただ、心を広く持って、いちばん深い部分では自分の自己は自分がいつも思っている
ものとまったくちがうかもしれないという過激な可能性にも柔軟でいてほしい。もし
ブッダの教えに従って、これまでずっと自分に属するものだと考えてきた心象風景を
ごっそり捨て去るなら、人間であることの意味についての考えが一変する息をのむ
ような経験をするだろう。もしブッダの勧める境地に到達すれば、それまでずっと自己
を持っていたような形で自己を持つのとは、まったく違う境地を開くことになる
だろう。

 

いかがでしたか? 今回は、無我の境地に近づくことができる可能性について、その
さわりをご紹介しましたが、次回のブログでは、もう少し突っ込んだ記述をご紹介
します。お楽しみに。

 



Why Buddhism is True: The Science and Philosophy of Meditation and Enlightenment

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なぜ今、仏教なのか――瞑想・マインドフルネス・悟りの科学

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