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「西洋の欲望 仏教の希望」その10。私たちは、なぜ戦争が起こるのを防ぐことができないのか(PartⅠ)? “Money Sex War Karma” No.10――Why cannot we prevent war from happening(PartⅠ) ?

 

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日本の禅を会得し、仏教が現代社会においてどのような意味を持つか、刺激的な著作を
発表し続けている、ディヴィッド・ロイ。私たち人類が、なぜ戦争を続けてしまうの
か、仏教の観点から解説しています。2回に分けてご紹介――バイリンガルで、
どうぞ。

David R. Loy has mastered Japanese Zen Buddhism and been publishing provocative
books about the meanings of Buddhism in modern society. He gives us commentaries on
why we humanity keep involved in war from a Buddhist perspective――more to come
both in English and in Japanese in two installments.

 

 

 

The Buddhist path involves understanding how our minds work, and Buddhist teachers
warn us about how our minds get stuck in dualistic ways of thinking: not only good and
evil, but success and failure, rich and poor, and so forth.

仏教とは私たちの心がどのように作用するかを理解することでもある。そして仏教
指導者は、どのようにして私たちの心が「善と悪」だけではなく「成功と失敗」、
「裕福と貧困」というような二元的な考え方に囚われるのかということに警鐘を
鳴らしてくれるのだ。

 

 

We often distinguish between such terms because we want one side rather than the
other, yet we cannot have one without the other, because the meaning of each depends
upon (negating) the other. They are two sides of the same coin.

普段、私たちはこのように用語を区別する。なぜならば、私たちはどちらか一方のみに
意義を見出すからだ。しかし、片方を無くしてもう一方が成り立つことはない。
なぜならば、双方の意味はお互いに依存し合っているからだ。つまり、両面を持つ一枚
のコインのようなものなのだ。

 

 

If, for example, it is important for me to live a pure life (whatever that may means to me),
that doesn’t mean I escape impurity. On the contrary, I have to think about impurity all the
time: I will be preoccupied with (avoiding) impurity. We cannot have one side without the
other, and together they distort the world for us.

例えば、もし私にとって純粋に生きることが重要ならば、私は不純なものから逃げて
いるということになりはしないだろうか。つまり、反対に、私は常に不純について
考えなければならなくなり、不純(を避けること)に飲み込まれてしまうことになる。
私たちはどちらか一方だけを持つことはできない。そして、この両面が私の世界を
歪めるのだ。

 

 

We do not experience the world as it is, but as filtered through such ways of thinking. As
Chan master Huihai put it, true purity is a state beyond purity and impurity. By getting
caught up in such dualism, “we bind ourselves without a rope.”

私たちはこのような考え方をフィルターにして世界を理解するので、世界をありのまま
に経験することができないのだ。懐海禅師も言うように、真実の純粋さとは、純粋と
不純を超えた状態なのだ。物事の二元性に囚われていては、私たちはまさに「無縄自縛
(縄もないのに、自らをしばること)」のようなものだ。

 

 

What does this mean for the duality of good versus evil? It’s the same trap. We don’t
know what is good until we know what is evil, and we can’t feel that we are good unless
we are fighting against that evil.

それでは、善・悪という二元性は何を意味するのであろうか。実は、これもまた私たち
を錯覚させる罠なのである。私たちは悪を把握するまで何が善なのか理解しないし、
悪と闘っていない限り、善を感じることはできない。

 

 

We can feel comfortable and secure in our own goodness inside only by attacking some
evil outside us. There is something quite satisfying about this struggle between good (us)
and evil (them), because it makes sense of the world. Think of the plot of every James
Bond film, every Star Wars film, every Indiana Jones film, every Harry Potter book and
movie, and so forth――you can add your own favorites to this list.

私たちは、「外側」にある悪を攻撃することで自身の「内側」にある善性の中で快感と
安心を感じることができる。善(私たち)と悪(私たち以外の人々)との闘いには何かしらの
満足を与えるものがある。なぜならば、それが世界を理解させるからである。
ジェームズ・ボンドの出演する映画や、『スター・ウォーズ』、『インディー・
ジョーンズ』、『ハリー・ポッター』の本や映画等の話の筋を考えてみよう(もちろん
このリストに自分の好きな映画等を加えてもらって大丈夫だ)。

 

 

The bad guys are stereotypes because they play a pre-determined role in our collective
fantasy. Being ruthless, without remorse, they must be stopped by any means necessary.
We are meant to feel that it is okay (and, to tell the truth, it’s quite enjoyable) to see 
them get beaten up. Because the villains like to hurt people, it’s all right to hurt them.
Because they like to kill people, it’s okay to kill them.

悪役は典型的なものだ。なぜならば、彼らの役割は私たちの集合的ファンタジーの中で
前もって決められたものだからだ。よって、どんな残酷な手段であっても、後悔の念を
抱くこともなく、悪役の彼らを阻止する。私たちは彼らが打ちのめされることに何も
問題を感じない。(正直に言うと、快感を感じることもある)悪党は人々を傷つけるのが
好きなので、彼らを傷つけても全く問題ないし、悪党は人々を殺すのが好きなので、
悪党が殺されても問題ないのである。

 

 

While such stories entertain us, they reinforce this worldview. What do they teach us?
That if you want to hurt someone, it’s important to demonize them first, to fit them into
a good-versus-evil story by labeling them as evil.

このようなストーリーは私たちを楽しませてくれるが、同時にこの世界観を私たちに
押し付けてしまう。それでは、悪者は私たちに何を教えてくれるのだろうか。もし
あなたが誰かを傷つけたいのならば、まず誰かを悪者に仕立てあげ、悪者のラベルを
貼って、善・悪の闘いのストーリーに当てはめることが重要になる。

 

 

Even school bullies usually begin by looking for some pretty offense that they can use to
justify their own penchant for violence. That is also why the first casualty of war is truth.
The media must sell some such story to the people: “In order to defend ourselves, we
must・・・” (To be continued)

学校のいじめでさえ、実はいじめる側がいじめられる側に暴力行為を正当化できる
些細な理由を探すことから始まるのだ。これは戦争の第一の原因が結局は真実の理由で
あるかどうかということを意味する。メディアは人々に善・悪の闘いのストーリーを
流布する必要がある。つまり、「私たち自身を守るためには、私たちは闘わざるを
得ない・・・」というようなマインドコントロールを促すのだ(続く)。

                               
                                     

Money, Sex, War, Karma

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西洋の欲望 仏教の希望

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Money, Sex, War, Karma: Notes for a Buddhist Revolution

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