しあわせになる英語 English for Happiness

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「悟りを生きる」。その7。今、幸福へのキイワードとして、世界中の多くの人々が注目している、「非二元性」とは何か? “Living Realization” No.7――What is “nonduality” to which many people around the world are paying attention as the key word for happiness?

 

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「悟りを生きる」の著者スコット・キルビーは、世界中を回って講演し、今、ますます
多くの人々が「非二元性」に注目していると実感――解説を、バイリンガルで、
どうぞ。

Scott Kilby is the author of “Living Realization” and has traveled the world extensively giving lectures and feels that more and more people are now paying attention to “nonduality”――more to come both in English and in Japanese.

 

 

 

The seeing of inseparability or “nonduality” is naturally revealed in Living Realization. As
you take the main invitation with you wherever you go, you begin to see that there is no
way an appearance can ever appear outside awareness. If an appearance cannot appear
outside awareness, how can it be separate from awareness?

分離はないこと、つまり「非二元性」の理解は、本書の中で自然に明確になって
いきます。あなたがどこにいる時も「大切なこと」を忘れなければ、現れは気づき以外
のところには絶対に出現しないことがわかってきます。現れが気づきの外には生じない
ならば、現れは気づきから分離しようがありません。

 

 

It takes awareness to have a thought or an emotion, doesn’t it? Stop right now and just
notice that there is a thought happening. That which sees the thought is awareness. And
the thought is happening inseparably to awareness.

何かを考えたり感じたりするには、気づいていることが必要ではないでしょうか?
たった今立ち止まって、思考が生じるのを観察してみてください。その思考を見ている
のが気づきです。その思考は気づきに、気づきとは切り離せない形で現れています。

 

 

The metaphor of a movie on a theater screen is helpful to illustrate the main invitation.
Awareness is like the movie screen. Appearances are like the characters and scenes in the
movie. They appear temporarily, one after the other.

「大切なこと」について説明するには、映画館で映画を見ている状況に例えると
わかりやすいかもしれません。気づきとは、映画のスクリーンのようなものです。
それらは少しのあいだ映し出されると別のものに入れ替わり、さらに別のものへと、
次々に入れ替わります。

 

 

They arise spontaneously. In other words, you don’t make the movie characters and
scenes happen. They just appear and disappear on their own. The characters and scenes
are inseparable from the screen. The screen has to be there in order for the movie to
appear.

それらは自然に現れてきます。つまり、映画の登場人物や状景はあなたが作り出して
いるわけではなく、勝手に現れて勝手に消えるだけなのです。登場人物や状景を
スクリーンから切り離すことはできません。映画が上映されるにはスクリーンは
なくてはならないものです。

 

 

Remember that, when I sat awareness is like the screen, I do not mean that awareness is
an object or appearance that can be seen or found. This is only a metaphor. Awareness
never appears as anything; rather, everything appears to awareness.

でも忘れないでいただきたいのは、気づきはスクリーンのようなものだと言っても、
私たちの目で見たり、どこかに見つけたりできるような物体、つまり現れだと言いたい
わけではありません。単なる例えです。気づきはどのような物体としても決して現れる
ことはありません。すべては気づきに現れるのです。

 

 

Suffering, conflict, and seeking happen when we believe that the characters and scenes in
the movie are fixed, separate objects. We take the self center to be the central character
in the movie, with all other characters relating to that central character in some way. This
is a self-centered way of being.

映画の登場人物や状景はどれも別々に存在している不変なものだと思い込むと、
苦しんだり対立したり、追求したりするようになります。私たちは自己の中心を映画の
主人公に見立て、その周囲には他の登場人物たちがいて主人公と何らかの関係を
もっていると考えます。これは自己中心的なとらえ方です。

 

 

When the other characters don’t seem to do what we want or act in what we deem to be
the right way, we believe that they are threatening our contentment and peace. This is
a total misperception because there are no separate objects, no separate characters.

そのような生き方では、自分が望むことや正しいと思うことを他の登場人物は行って
いないと感じた時には、その人物によってこの満たされた平和な状態が壊されるに
違いないと恐れます。でもこのようなとらえ方は、まったくの誤りです。なぜならば、
あなたと別に存在している物体、つまり登場人物などいないのですから。

 

 

All of our lives, we’ve been looking to objects to provide stability. We are constantly
looking for a sense of self in the temporary appearances that come and go within our
lives (e.g. houses, partners, lovers, drugs, alcohol, friends, material items, money, fame,
success, and a host of other things).

私たちはこれまでずっと、もの――知覚の対象――を手に入れることで安定を得ようと
してきました。私たちはいつも、生活の中に訪れて去る一時的な現れ (家、
パートナー、恋人、薬物、アルコール、友人、物品、金銭、名声、成功、その他の
様々な物事) の中に自己という感覚を探しています。

 

 We are looking for permanency and stability in these objects, yet we never find it. We
may find  momentary satisfaction, but not stable, ongoing contentment, or the sense
that we are ok in this world on a fundamental level.

これらの中に永続性と安定を見出そうとしますが、決して見つかりません。一時的な
満足感は得られるかもしれませんが、いつも変わらず満たされていると感じたり、
この世界での自分は基本的にこれで大丈夫だと感じたりすることはできないのです。

 

 

So we just keep chasing the future. We are looking, ultimately, for happiness. We are
looking for ourselves, yet these appearances do not hold our identity. They are fleeting,
and therefore incapable of providing contentment, well-being, stability or a permanent
sense of identity.

ですから私たちはひたすら未来を追い続けます。つまるところ、私たちは幸福を求めて
いるのです。私たちは自分自身を探し続けていますが、それらの現れの中に本当の自分
はいません。現れはあっという間に通り過ぎてしまいますから、それによって
満たされることも、幸福や安定を感じることも、本当の自分はこれだという変わらない
感覚をもつこともできません。

 

 

The whole movement of human life is a call to wake up from the movie and to start
seeing it for what it is――a self-centered way of being in the world. Once we recognize
awareness as ever present, and see that all appearances come and go to awareness,
seeking naturally relaxes.

人類の全体的な流れは、映画からもうそろそろ目覚めましょう、その映画の実際の
あり様――自己中心的な世界観――を見抜きましょうと呼びかけています。気づきは
ずっと在り続けていて、あらゆる現れは気づきに訪れて去っていくものだと理解
すれば、自然に何も追求しなくなります。

 

 

In keeping with the metaphor, if we look into our experience directly, relaxing as
awareness as often as possible, we see that there is no division between awareness and
appearances. Just as the characters and scenes in the movie are inseparable from the
screen, awareness is none other than the appearances, and the appearances are none
other than awareness.

この例えを忘れないようにして、できるだけ頻繁に気づきとしてくつろぎ、体験を直接
によく観察してみると、気づきと現れのあいだには仕切りがないことがわかります。
映画の登場人物や状景がスクリーンから切り離せないのと同じように、気づきとは
まさに現れであり、現れはまさに気づきなのです。

 

 

Awareness and the world are inseparable. This makes the notion of somehow avoiding,
escaping, or denying our everyday existence impossible. We cannot escape our
experience. Our experience is the world.

気づきとこの世界は切り離せません。ですからあなたが日常的な現実を何とか
避けよう、否定しよう、あるいはそれから逃れようとしても、それは不可能なのです。
あなたは体験していることから逃げられません。あなたの体験がこの世界なのです。

 

 

In this seeing, our everyday existence is deeply accepted, and therefore transformed.
Stability, permanency, contentment, and well-being naturally and effortlessly arise.

この理解が生まれると、日常的現実は深く受容され、受容されたことで現実が変容
します。それにより、努力しなくても自然に安定や永続性、満たされた感覚、幸福を
感じるようになります。

 

 

 

 

悟りを生きる ― 非二元へのシンプルなガイド ―(覚醒ブックス)

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