あなたは「身体的感覚」に関して、完全に間違った思い込みを抱いている?――解説
を、バイリンガルで、どうぞ。
You have a total misunderstanding about “physical sensations,” don’t you? ――more to
come both in English and in Japanese.
It is very easy to create a story about how physical sensations such as pain or discomfort
should not be happening, or how we have been suffering with them for a long time.
Instead of just letting the sensations of pain or discomfort be as they are presently, we
place labels on them. Then they become part of our story. In this way, we suffer.
痛みや不快感のような身体的感覚はあってはならないものだとか、私はどれだけこの
感覚に苦しめられてきたのだろうなどという物語を、私たちはすらすらと創作して
しまいます。今ある痛みや不快感などの感覚をただそのままにしておこうとはせず、
すぐにラベルを貼りつけます。その結果、その感覚は物語に取り入れられます。
こうして私たちは苦しむのです。
We “carry over” sensations through time. We say things like, “I’ve in pain for months,” or
“This pain will probably never go away.” But what does the past memory or future
thought of pain really have to do with the present sensation of pain? Our past and future
stories of pain create conceptual overlay that we place on the present sensation of pain.
We make a time-bound story out of our pain, adding psychological and emotional
suffering to the present sensation.
私たちは時間を使って感覚を「持ち越し」ておいて、「私の痛みはもう何か月も続いて
いる」「この痛みがなくなることは多分ないだろう」などと言います。でも、過去の
記憶や未来の予測の中の痛みが、今の痛みの感覚とどういう関係があると
いうのでしょうか?痛みについての過去と未来の物語は概念を生み出し、私たちはその
概念を今の痛みに飾りつけます。今感じている痛みを心理的および感情的苦しみで
装飾し、時間に縛られた物語を作り上げます。
What is the solution? The same as always: simply notice the words and pictures about
a pain as they arise. Let them be as they are. Don’t analyze, manipulate, add to, or try to
get rid of these words and pictures.
では、これを解決するにはどうすればよいのでしょうか?解決策は、もうおなじみの
「痛みについての言葉と映像が現れたら、ただそれに気づく。そしてそれをそのままに
しておく」です。言葉や映像を分析しよう、思い通りに操ろう、何かをつけ足そう、
取り除こうなどとしてはいけません。
Rest as thought-free awareness repeatedly, letting all appearances come and go freely
and temporarily. Words and pictures will arise. Experience present sensations as often as
possible without trying to understand or analyze the words and pictures about pain as
they appear.
繰り返し思考のない気づきとして休息しながら、現れをどれも自由に訪れたり去ったり
させておきましょう。言葉と映像は現れ続けるでしょう。できるだけ今ある感覚を
感じるようにして、痛みに関する言葉と映像が現れても、それを理解しようとか分析
しようとせずにいましょう。
Words and pictures begin to relax naturally in this way. This natural relaxation does not
occur through making words and pictures into an enemy or trying to push thoughts of
pains out of your mind permanently. It occurs by resting and no longer emphasizing
words and pictures. Let them be as they are, like breezes flowing gently through the air.
A breeze naturally disappears. No force is needed.
そうしていると、言葉と映像は自然にゆるんできます。言葉や映像を敵視したり、痛み
についての思考をマインドから永遠に追放しようとしても、それらが自然にゆるむこと
はありません。それが起きるのは、休息して言葉と映像を重視しない時です。言葉と
映像をあるがままにしておきましょう。それはまるで、空気中をそっと吹き抜ける
そよ風のようなものです。風は自然にどこかへ行ってしまいます。無理に押しやる必要
はないのです。
As you are resting, notice that pain is like any other object. It shows up as thoughts,
emotions, and sensations that seem welded together. You can actually look and see
subtle mental images or pictures of the particular body part that is experiencing pain.
休息していると、痛みは痛み以外のすべての知覚の対象に似ているのがわかる
でしょう。痛みは思考と感情と感覚が結合したものとして現れるからです。実際によく
見れば、その痛みを抱えた体の特定部分のイメージや映像がそれとなく見えています。
These pictures are memories of the body part, not the sensation of pain itself. Relax your
emphasizing of those pictures. The picture will either morph into other pictures or
dissolve away on their own.
その映像は記憶の中にある体の一部であって、痛みの感覚そのものではありません。
その映像の重視をゆるめましょう。するとそれは別の映像に変化するか、あるいは
ひとりでに薄れて消えてしまうでしょう。
Whether they change or dissolve, you can begin to see that pain is not fixed and solid.
Pain can even start to appear emptier and more transparent as the stories, words, and
pictures are emphasized less and emotions and resistance to pain are allowed to come
and go freely and uninterruptedly.
それが変わるにせよ消えるにせよ、それによってあなたは痛みが限定したものでも実質
のあるものでもないことがわかるでしょう。さらに、物語や言葉や映像が重視されなく
なり、痛みに対する感情と抵抗が邪魔されず自由に現れて消えるようになった時、痛み
は中身のない透明なものに見えてくるでしょう。
In observing these appearances while resting in awareness, the mental and emotional
suffering around the pain can relax. You might even experience a reduction in pain. But
do not make pain reduction a goal. The very act of trying to get rid of pain is seeking. It
is resistance. Resistance can actually appear to increase pain. Simply relax and notice
what is happening. Gently observe but don’t emphasize the words, pictures, sensations,
and emotions that arise and fall.
気づきの中で休息しながらこれらの現れを眺めていると、痛みをとりまく心理的および
感情的な苦しみがゆるんでくるかもしれません。痛みが軽くなることさえあり得ます。
でも、痛みの軽減を目標にしないでください。痛みを取り除こうとするその闘いが、
まさに追求なのです。それが抵抗です。抵抗はかえって痛みを悪化させることも
あります。ただくつろいで、起きていることに気づいていましょう。穏やかに観察し、
立ち現れては崩れていく言葉や映像、感覚、感情を重視せずにいましょう。
As you see that you are not a self center with a story of pain, and that pain is arising
directly and presently to awareness, the need to be defined by either the pain or the
story naturally relaxes. This is not to say that you shouldn’t treat the pain if that’s what is
required. This is not about avoiding action or not taking medical advice or appropriate
measures.
痛みの物語を抱えた自己の中心はあなたでないこと、そして痛みはこの今、直接に
気づきに現れていることがわかると、痛みや物語によって自分を定義したいという欲求
は自然にゆるんできます。だからといって、痛みの治療が必要な場合でも治療するべき
でないと言っているのではありません。それに対処してはいけないとか、医者の
アドバイスを受けてはいけないとか、適切な処置を施してはいけないということでは
ありません。
Living Realization: A Simple, Plain-English Guide to Non-Duality (English Edition)
- 作者:Kiloby, Scott
- 発売日: 2014/11/07
- メディア: Kindle版
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