しあわせになる英語 English for Happiness

共に学ぶ「お役立ち」プログをめざします。

「ダライ・ラマ、イエスを語る」。その5。例えば、「救い」と「解脱」。仏教とキリスト教とで、通じ合える部分とは何か? “Dalai Lama: The Good Heart” No.5――For example, “salvation” and “liberation.” In what part of Buddhism and Christianity could Buddhists and Christians communicate with each other?

 

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仏教とキリスト教の類似点を知ることで、私たち日本人は、西洋人ともっと通じ合う
ことができる――解説を、バイリンカルで、どうぞ。

We, the Japanese, could communicate more with the Westerners by knowing similarities
between Buddhism and Christianity――more to come both in English and in Japanese.

 

 

 

We are Buddhist or Christian in a meaningful sense, nor only because of what we believe,
but also by how we act and what we are like.

私たちは言葉の表面的な意味ではなく、仏教徒であり、クリスチャンなのである。
それは、私たちが信じているものによってそうなのではなく、私たちのなすことに
よって、また私たちがそうであるところのものによって、そうなのである。

 

 

In this way, there will be Christians who are better Buddhists than Buddhists, because
they practice mindfulness more seriously or have sharper insight into the impermanent
nature of things.

このような意味では、仏教徒よりも良い仏教徒であるようなクリスチャンというのも、
存在するだろう。なぜならそういうクリスチャンたちは、より真剣に心の本性をつかみ
とるための修行をおこない、事物の無常についてのより深い洞察を抱いているからだ。

 

 

And there will be Buddhists who surpass Christians on their claimed turf, because they
practice rather than just mouth charity.

それにクリスチャン以上に良いクリスチャンと言える仏教徒というのもいるだろう。
彼らは、キリスト教の専売である博愛を、ただ口先だけではなく、実践で日々実現して
いるからである。

 

 

Anityatā(impermanence), duhkha(suffering), anātman(no-self), dharmatā(naturalness),
sūnyatā (emptiness), and tathatā(thusness) can all be paralleled with Christian terms such
as poverty, repentance, loss of self, in-Christ, simplicity, Spirit, and mystery.

無常(anityata)、苦(duhkha)、無我(anatman)、法性(dharmata)、空(sunyata)、真如
(tathata)などはみな、貧困、悔い改め、自己の喪失、キリストのうちにあること、
単純さ、聖霊、神秘などといったキリスト教の用語と比較できる。

 

 

One of Buddha’s parables reminds us, however, not to divert the energy of our spiritual
practice to theory for its own sake. We will be no closer to nirvana if we achieve
philosophical certainty for just a few blissful moments before self-questioning resumes.

しかし、ブッダのたとえの一つは、霊性の修行のためのエネルギーを、理屈のための
理屈で無駄にしてはいけないことを、思いおこさせてくれる。哲学的確信は、
つかのまの至福の時をあたえてくれるが、すぐにまた自分の内部から別の疑問が頭を
もたげてくる。そういうものを達成したとしても、とうてい涅槃に近づくことなどは
できない。

 

 

Buddhist and Christian perspectives here are fundamentally the same. There is
experience and there is reflection on the experience. If you are going to reflect, they both
suggest, at least make sure you are reflecting on your own experience directly, rather
than on someone else’s reflection on someone else’s reflection on. . . and so on.

仏教の見方も、キリスト教の見方も、ここでは基本的に同じである。経験があり、その
経験についての内省がある。あなたがそうして内省を深めるのなら、あなたは自分の
体験を直接的に思索できているという確信を得るだろう。誰か他の人の体験について、
他の人がおこなった内省について思索しているのではなく・・・

 

 

Nirvana and the Kingdom are not interchangeable terms, yes they both refer to
an event-in-life, not to an after-death experience. Salvation and liberation are not exactly
synonymous either, but both concepts indicate a goal of human life that demands
commitment and perseverance.

涅槃(Nirvana)と天の国(Kingdom)はまったく同じ用語ではないが、どちらも死後の体験
ではなく、この人生で起こるできごとを意味している。救い(salvation)と解脱(liberation)
はまったくの同意語ではないが、どちらの概念も人生の目標を表していて、それには
この世への関わりと忍耐が要求されるのだ。

 

 

Both Buddhists and Christians must work it out for themselves “with diligence.” The
hindrances or vices that they confront along the way――in their own personalities, as
well as in the collective karma or sin in the universe――are existentially the same but
conceptually different. After all, a proud or angry Buddhist is very much the same as
a proud or angry Christian.

仏教徒キリスト教徒も、「勤勉に」みずから努力しなければならない。道の途上に
出会う障害や悪――これにはこの宇宙の集合的な「カルマ」や「罪」だけでなく、
その人個人に関わるものも含まれている――は、存在としては同じだが、概念的には
異なる。だから結局のところ、高慢な仏教徒は高慢なキリスト教徒と同じものなので
あるし、怒れる仏教徒は怒れるキリスト教徒と、ほとんどうりふたつの存在なので
ある。

 

 

 

The Good Heart: His Holiness the Dalai Lama

The Good Heart: His Holiness the Dalai Lama

  • 作者:Lama, Dalai
  • 発売日: 2002/08/01
  • メディア: ペーパーバック
 

 

 

  

The Good Heart: A Buddhist Perspective on the Teachings of Jesus

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