しあわせになる英語 English for Happiness

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「ダライ・ラマ、イエスを語る」。その11。ダライ・ラマは、「創造主としての神」についてどう考えているか? “Dalai Lama: The Good Heart” No.11――What does Dalai Lama think of “God as a Creator” ?

 

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仏教では、基本的に、「創造主としての神」を認めていません。では、私たち仏教徒
は、神についてどのように考えるべきか?ダライ・ラマの説明に、耳を傾けて
みましょう――バイリンカルで、どうぞ。

In Buddhist teachings, “God as a Creator” is basically not acknowledged. Then, what
should we,  Buddhists, think of God? Let’s listen to Dalai Lama’s explanation about
that――more to come both in English and in Japanese.

 

 

 

How blest are those who know their need of God;

  the Kingdom of Heaven is theirs.

How blest are the sorrowful;

  they shall find consolation.

How blest are those of a gentle spirit;

  they shall have the earth for their possession.

How blest are those who hunger and thirst to see right prevail;

  they shall be satisfied.

How blest are those who show mercy;

  mercy shall be shown them.

How blest are those whose hearts are pure;

  they shall see God.

How blest are the peacemakers;

  God shall call them his children.

How blest are those who have suffered persecution for

  the cause of right;

  the Kingdom of Heaven is theirs.

[Matthew s:1-10]

心の貧しい人々は、幸いである、

天の国はその人たちのものである。

悲しむ人々は、幸いである、

その人たちは慰められる。

柔和な人々は、幸いである、

その人たちは地を受け継ぐ。

義に飢え渇く人々は、幸いである、

その人たちは満たされる。

憐れみ深い人々は、幸いである、

その人たちは憐れみを受ける。

心の清い人々は、幸いである、

その人たちは神を見る。

平和を実現する人々は、幸いである、

その人たちは神の子と呼ばれる。

義のために迫害される人々は、幸いである、

天の国はその人たちのものである。

(『マタイによる福音書』第五章一節から十節)

 

 

One of the most difficult concepts involved here, especially for Buddhists, is the concept
of a divine being, God. Of course, one can approach this concept in terms of something
which is inexpressive, something which is beyond language and conceptuality.

さて、とくに仏教徒にとって、この文章の中で一番理解しがたいのは、聖なる存在
である神という概念です。もちろん、この神という概念は、何か表現できないもの、
言葉や概念を超えた何かだ、とすることもできます。

 

 

But one must admit that, at theoretical level, the conceptions of God and Creation are
a point of departure between Buddhists and Christians. However, I believe that some
aspects of the reasoning that leads one to such a belief are common to both Buddhists
and Christians.

しかし、理論的レベルでは、神の概念と天地創造こそが、仏教徒とクリスチャンの
分かれ目であることも事実です。それでも、そのような信仰へ人を向かわせる思考の
カニズムには、仏教徒にもクリスチャンにも共通な面があると思っています。

 

 

If one posits such a Creator, and then examines the process of evolution starting from
the Big Bang and the whole mystery of the universe, one can quite plausibly accredit the
Creator with omnipotence. In addition, if you examine the nature of the universe, you will
see that it does not operate in total chaos or randomness.

もしそのような創造主を考えて、ビッグバンに始まる宇宙進化のプロセスとその神秘の
ことを考えてみれば、その創造主に全能を与えるのも、もっともな流れです。さらに、
宇宙の本質を調べてみれば、宇宙というものがまったくの混沌でもなく、無秩序に
動いているのでもないことがわかります。

 

 

There seems to be an inherent order, an inherent causal principle in operation. Through
that, again, it is possible to accredit the Creator with a sort of omniscience, as if the
whole process or procedure was planned. From that point of view, all creatures are in
some sense a manifestation of this divine force. One could say that the Creator is the
ultimate and the creation is the relative, the ephemeral. In that sense, the Creator is
absolute and ultimate truth. But I don’t know that what Christian theologians would say
to this!

そこには、固有の秩序があり、それ固有の因果の法則が働いているようです。そう思う
と、そのプロセスや進行は、まるで前もって計画されたかのようで、創造主に全能を
与えることもできるのです。そういった観点からすると、すべての生き物はある意味
で、この神聖な力の現われです。創造主とは「至高のもの」であるが、創造そのものは
「相対的」ではかない、ということもできます。その意味では、創造主は絶対的で究極
の真実です。こういう考え方を、キリスト教神学者の方たちがどうお思いになるか、
私にはまったくわかりません(笑い)。

 

 

Personally, when I look at the idea of Creation and the belief in a divine Creator, I feel
that the main effect of that belief is to give a sense of motivation――a sense of urgency
in the individual practitioner’s commitment to becoming a good human being,
an ethically disciplined person. When you have such a concept or belief, it also gives you
a sense of purpose in your existence. It is very helpful in developing moral principles.
That is my understanding of Christian theology!

私個人としては、こんなふうにして、天地創造の考えと神なる創造主への信仰を見て
みますと、これを信ずることの主な効果は、ものごとは動機づけられているという感覚
を、キリスト教徒の中につくりだすことにあるように感じられるのです。つまり、よい
人間になろう、倫理的に規律ある人間になろう、と一人一人の修行者を修行に
駆り立てる、そういう切迫した感覚をつくりだすことになるのではないでしょうか。
そのような概念なり信仰なりがあると、自分の実存にも目的意識ができます。そうする
と道徳の原則を養うにも、とても役に立つものだと思います。これがまあ、私なりの
キリスト教神学の解釈です(笑い)。

 

 

The Good Heart: His Holiness the Dalai Lama

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  • 作者:Lama, Dalai
  • 発売日: 2002/08/01
  • メディア: ペーパーバック
 

 

   

The Good Heart: A Buddhist Perspective on the Teachings of Jesus

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