人生において本当にどうしようもない状況に陥った時、「知性」というものは
頼りにならないことが多いと言います。では、何が、あなたを窮地から救うのか?
「禅の達人」鈴木大拙の言葉に耳を傾けてみましょう――バイリンガルで、どうぞ。
When you get into a really desperate situation, you cannot frequently be dependent on
your “intellect.” Then, what will save you from the predicament? Let’s listen to Daisetz
Suzuki, “a master of Zen” ―― more to come both in English and in Japanese.
The truth is that what involves the totality of human existence is not a matter of
intellection but of the will in its most primary sense of the word.
本当のところを言えば、人間存在というものの全体を蔵するものは、知性によってもの
を考えるということではなくて、実は意志の働きにあるのだ。意志と言ってもこれは
最も根本的な意味における意志である。
The intellect may raise all kinds of questions――and it is perfectly right for it to do
so――but to expect any final answer from the intellect is asking too much of it, for this is
not in the nature of intellection.
知性というものは、あらゆる疑問を提起するのだけれども――問題を提起する
ということは知性の本職で、それはそれでよいのだが――そうかと言って決定的な
究極的な解答を要求することは知性にとっては荷が重きに過ぎるのである。知性
そのものの性質の中にはこの決定的な解答というものがもともとあり得ないから
である。
The answer lies deeply buried under the bedrock of our being. To split it open requires
the most basic tremor of the will. When this is felt the doors of perception open and
a new vista hitherto undreamed of is presented. The intellect proposes, and what
disposes is not the proposer himself.
ではこの解答のありかはどこかというと、それは我々の存在の岩床の底深くうずもれて
いる、と言ったらよかろう。この岩床を打ち破って行くためには、どうしても人間の
意志というものが、その根底からふるえ動くことが必要だ。この意志の震顫を
身いっぱい感ずる時、自覚のドアが開かれて、いまだ夢にも見なかった風光が眼前に
展開する。問題を持ち出すもの、それは知性なのだが、これに解決を与えるものはこの
提出者自身ではないのである。
Whatever we may say about the intellect, it is after all superficial, it is something floating
on the surface of consciousness. The surface must be broken through in order to reach
the unconsciousness. But as long as this unconscious belongs in the domain of
psychology, there cannot be any satori in the Zen sense. The psychology must be
transcended and what may be termed the “ontological unconscious” must be tapped.
知性について、まあいろいろなことを言ってみるわけだが結局、知性とは表面的なもの
で、意志の表面を漂うものに過ぎない。この表面が一度破れないと無意識に達し得ない
のだ。しかし無意識が心理学的な領域に属している限り、禅でいう悟りはあり得ない
のである。心理学的な領域といったものもさらに乗り越えて、「実体的無意識」とでも
名づけられるような、そうしたところにシッカリと足を踏まえなければならぬ。
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