しあわせになる英語 English for Happiness

共に学ぶ「お役立ち」プログをめざします。

「ティク・ナット・ハン:イエスとブッダ、いのちに帰る」。その1。どうすれば「敵を愛する」ことができるか? 仏教的観点からの回答。“Thich Nhat Hanh: Going Home” No.1―How could we “love our enemy”? ――An answer from the Buddhist viewpoint.

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「汝の敵を愛せ」――この聖書からの難題に、マインドフルネスの伝道師、
ティク・ナット・ハンが答えています――バイリンガルで、どうぞ。

“Love your enemy.” ――This difficult challenge that comes from the Bible is responded
to by Thich Nhat Hanh, an evangelist for mindfulness――more to come both in English and in Japanese.

 

 

 

In Christianity, when you love God you have to love your neighbor, otherwise you cannot
say that you love God. Then you have to go further. You have to love your enemy.

キリスト教では、神を愛するように、隣人を愛します。神を愛するとは、隣人を愛する
ことなのです。そしてさらに進んで、敵をも愛さなければなりません。

 

 

Why do you have to love your enemy? How can you love your enemy? In the Buddhist
teaching, this is very clear. Buddhism teaches that understanding is the ground of love.
When you are mindful, you realize that the other person suffers. You see her suffering
and suddenly you don’t want her to suffer any more. You know that there are things you
can refrain from doing to make her stop suffering, and there are things you can do to
bring her relief.

どうして敵を愛さなければならないのでしょうか?どうしたら敵が愛せるのでしょう
か。仏教の答えは、はっきりしています。仏教では、愛の基盤は理解です。あなたが
マインドフルになったら、他の人の苦しみが見えてきます。苦しみが見えると、突然、
その人の苦しみを減らしてあげたくなるのです。苦しみからその人を救ってあげるため
にしてはいけないことと、その人を安心させるためにあなたにできることがわかるの
です。

 

 

When you begin to see the suffering in the other person, compassion is born, and you no
longer consider that person as your enemy. You can love your enemy. The moment you
realize that your so-called enemy suffers and you want him to stop suffering, he ceases
to be your enemy.

人の苦しみが見えはじめると、慈悲の心が生まれて、その人を敵と思わなくなります。
敵を愛することができるのです。あなたが敵と思っている人が苦しんでいて、その
苦しみをとめてあげたいと思った瞬間に、その人は敵ではなくなるのです。

 

 

When we hate someone, we are angry at him because we do not understand him or his
environment. By practicing deep looking, we realize that if we grew up like him, in his set
of circumstances and having lived in his environment, we would be just like him. The kind
of understanding removes your anger, removes your discrimination, and suddenly that
person is no longer your enemy. Then you can love him.

誰かを憎むとき、その人のおかれた状況が理解できないから、腹を立てるのです。深く
見つめる練修をすると、もし自分がその人と同じような境遇で育てられ、同じような
環境で生活してきたら、自分も同じことになるとわかります。この理解によってあなた
の怒りが去り、偏見も消えていきます。そのとき突然、その人はあなたの敵では
なくなります。その人を慈しむ気持ちが生まれてきます。

 

 

As long as he or she remains an enemy, love is impossible. Loving your enemy is only
possible when you don’t see him as your enemy any more, and the only way to do this is
by practicing deep looking. That person has made you suffer quite a lot in the past. The
practice is to ask why.

その人が敵であるかぎり、愛は生まれません。相手が敵でなくなったときにはじめて、
敵を愛することができるのです。たったひとつだけ敵を愛する方法があります。深く
見つめる練修です。むかしあなたをひどく苦しめた人を深く見つめます。なぜ
そうなったのかを自分に問う練修です。

 

 

 

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イエスとブッダ: いのちに帰る

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「ティク・ナット・ハン:生けるブッダ、生けるキリスト」。その4。マインドフルネスを育むための「意識的呼吸法」はどのように行うか? “Thich Nhat Hanh: Living Buddha, Living Christ” No.4―How do you practice “conscious breathing” for cultivating mindfulness ?

 

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マインドフルネスを身につける、最も基本的なやり方とは?ティク・ナット・ハンの
解説に耳を傾けてみましょう――バイリンガルで、どうぞ。

What is the most basic way to attain mindfulness? Let’s listen to the commentaries by
 Thich Nhat Hanh――more to come both in English and in Japanese.

 

 

 

Conscious breathing is the most basic Buddhist practice for touching peace. I would like
to offer you this short exercise:

意識的呼吸法は平和に触れるための仏教の最も基本的で大切な修行です。次のような
ガーター(短詩)を用いた練習を一緒に行なってみましょう。

 

 

Breathing in, I calm my body.

Breathing out, I smile.

Dwelling in the present moment,

I know this is a wonderful moment.

息を吸って 私はしずか

息を吐いて 私は微笑む

このいまに生きることこそが

私には すばらしい一瞬(ひととき)

 

 

“Breathing in, I calm my body.” This is like drinking a glass of cool water. You feel the
freshness permeate your body. When I breathe in and recite this line, I actually
experience my breathing calming my body and mind. In Buddhist meditation, body and
mind become one.

「息を吸って 私はしずか」。この一行をくちずさむと、冷たい水を飲んだときの
ように、清涼感が体に染みこんできます。息を吸いながらこの一行を唱えるとき、私は
いつも本当にこのしずかなひと息が、私の体と心を鎮めてゆくのが実感できるのです。
このように体と心をひとつにするのが、仏教の瞑想のめざすところです。

 

 

“Breathing out, I smile.” One smile can relax hundreds of muscles in your face and make
you master of yourself. Whenever you see an image of the Buddha, he is always smiling.
When you smile with mindfulness, you realize the wonder of a smile.

「息を吐いて 私は微笑む」。たった一度の微笑みだけで、何百という顔面の筋肉が
緩み、それがあなたをあなた自身の主人にしてくれます。仏像を見たら、仏陀の顔は
いつも微笑んでいます。心を、いまここにおいて微笑んでみたら、この微笑むという
行為のなかに不思議な力が秘められていることに、誰でも気づくことができます。

 

 

“Dwelling in the present moment.” We recite this line as we breathe in again, and we
don’t think of anything else. We know exactly where we are.

「このいまに生きることこそが」。ここでもう一度、息を吸いながらこう唱えます。
余念をいっさい挟まずに、いまここに集中すると、自分がいまどこにいるのかが
はっきりとわかるはずです。

 

 

Usually we say, “Wait until I finish school and get my Ph.D. degree, and then I will be
really alive.” But when we obtain it, we say, “I have to wait until I have a job in order to be
really alive.” After the job, we need a car, and after a car, a house. We are not capable of
being alive in the present moment. We always postpone being alive to the future, we
don’t know exactly when. It is possible we will never be truly alive in our entire life.

私たちはいつもこう言って、いまここから逃げていないでしょうか。「卒業して、
博士号をとるまで頑張って、それから人生を楽しもう」と。しかし、学位を手に
入れたら、また、「就職するまで頑張って、そのあと自分の生活を楽しもう」。仕事に
就いたら、車が欲しくなり、その次には自分の家が欲しくなります。いつまで
たっても、いまここを生きることなどできないでしょう。私たちはいつも充実した生活
を未来に先送りしますが、いつまで先に延ばしても、そんな日は決してこないのです。
こんなふうでは、一生かかっても本当に生きることはできません。

 

 

The technique, if we must speak of a technique, is to be in the present moment, to be
aware that we are here and now, that the only moment to be alive is the present
moment.

いまの自分の生活を本当に生きる方法があるとすれば、それは、現在のこのときに自分
を置き、自分がいまここにいるという事実に気づき、現在のこのときをおいてほかに
生きるときはないということにしっかりと気づくことです。

 

 

When we breathe out, we say, “I know this is a wonderful moment.” To be truly here,
now, and to enjoy the present moment is our most important task.

最後に息を吐きながら、「私には すばらしい一瞬」と呟いてみましょう。いまここに
しっかりと根づき、現在のこの瞬間を豊かに生きることこそ、私たち人間に与えられた
最も大切な仕事ではないでしょうか。

 

 

 

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Living Buddha, Living Christ (English Edition)

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生けるブッダ、生けるキリスト

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「ティク・ナット・ハン:生けるブッダ、生けるキリスト」。その3。マインドフルネスと聖霊は、どちらも「癒しの力」を持っている? “Thich Nhat Hanh: Living Buddha, Living Christ” No.3―Mindfulness and Holy Spirit; do both have the “force of healing”?

 

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マインドフルネスと言えば、誰もが言及するのが、ティク・ナット・ハン。彼に
よれば、仏教のマインドフルネスとキリスト教聖霊ホーリー・スピリット)は
どちらも同じ「癒しの力」を持っている――解説を、バイリンガルで、どうぞ。

When it comes to mindfulness, everyone refers to Thich Nhat Hanh. According to him,
mindfulness in Buddhism and Holy Spirit in Christianity have the same “force of
healing”――more to come both in English and in Japanese.

 

 

 

In Buddhism, our effort is to practice mindfulness in each moment――to know what is
going on within and all around us. When the Buddha was asked, “Sir, what do you and
your monks practice?” he replied, “We sit, we walk, and we eat.”

仏教の修行では、私たちは、一瞬、一瞬に気づく練習を積み重ねます。これは自分の
なかやまわりの世界で起こっていることに気づく練習です。かつて釈尊が、「師よ、
あなたやあなたのお弟子さんたちは毎日どのような修行をなさっているのですか」と
尋ねられたとき、釈尊は「私たちはただ坐り、歩き、そして食します」と
答えられました。

 

 

The questioner continued, “But sir, everyone sits, walks, and eats,” and the Buddha told
him, “When we sit, we know we are sitting. When we walk, we know we are walking.
When we eat, we know we are eating.”

それでもう一度、「しかし、師よ、坐ったり、歩いたり、食べることは誰でもしている
ことでございます」と尋ねると、仏陀はこう答えられました。「坐っているときには、
自分がいま、ここに坐っていることに気づき、歩くときには、歩いていると気づき、
食べているときには、いま食べていると気づくのです」。

 

 

Most of the time, we are lost in the past or carried away by future projects and concerns.
When we are mindful, touching deeply the present moment, we can see and listen
deeply, and the fruits are always understanding, acceptance, love, and the desire to
relieve suffering and bring joy. When our beautiful child comes up to us and smiles, we
are completely there for her.

私たちの意識は、ほとんどの場合、過去の出来事に占領されていたり、未来の計画や
関心事に飛散してしまっています。私たちがマインドフルネス(気づき)を働かせ、
現在のこの瞬間に深く触れていたら、しっかりと現在の出来事を見つめ、深く耳を
傾けることができます。そうすれば、自分のなかに他者を理解し受容し愛そうとする
心、相手の苦しみを軽減し、喜ばせてあげたいという強い願望が生まれてくるのに
気づくはずです。可愛い子どもがそばにきて、あどけなく微笑みかけてくれたら、
その子のために完璧にそこにいて、一緒に微笑むことができるのです。

 

 

To me, mindfulness is very much like the Holy Spirit. Both are agents of healing. When
you have mindfulness, you have love and understanding, you see more deeply, and you
can heal the wounds in your own mind.

私はホーリー・スピリット(聖霊)とマインドフルネス(気づきの力)は、ほとんど
同じものだと確信しています。両方とも癒しの力をひきおこす媒体なのです。あなたの
心にマインドフルネスがあれば、そこから愛と理解が生まれ、もっと深く現実を見る目
ができ、自分の心のなかの傷をみずから癒すことができるのです。

 

 

The Buddha was called the King of Healers. In the Bible, when someone touches Christ,
he or she is healed. It is not just touching a cloth that brings about a miracle. When you
touch deep understanding and love, you are healed.

仏陀は癒しの医王と呼ばれました。聖書にも、誰かがキリストに触れたとき、その人は
癒されたと記されています。それは奇跡をもたらす一枚の布に触れるといったことでは
なく、キリストの深い愛と理解に触れたために、癒されたのです。

 

 

The Holy Spirit descended on Jesus like a dove, penetrated Him deeply, and He revealed
the manifestation of the Holy Spirit. Jesus healed whatever he touched. With the Holy
Spirit in Him, His power as a healer transformed many people.

ホーリー・スピリットは一羽の鳩のようにイエスのうえに舞い下りてきて、彼の体の
なかに深く浸透してゆきました。こうして彼は、このホーリー・スピリットの化身
としてみずからを現わすに至り、イエスの体に触れるものを癒してゆきました。癒し手
としてのイエスの力が多くの人々を変容させたのです。

 

 

All schools of Christianity agree on this. I told the priest that I felt that all of us also have
the seed of the Holy Spirit in us, the capacity of healing, transforming, and loving. When
we touch the seed, we are able to touch God the Father and God the Son.

キリスト教のどの宗派もこの事実には異存がないようです。私は最後にこの
フローレンスの司教に自分の考えを次のように述べました。私たちは誰でもみな、この
ホーリー・スピリットの種子を持っていて、癒し、変容し、愛する力を内に秘めている
と。そして、この心の内にある気づきの種に触れることができたら、父である神とその
子である神(キリスト)に触れることも可能ではないかと。

 

 

 

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「ティク・ナット・ハン:生けるブッダ、生けるキリスト」。その2。仏教徒とキリスト教徒が、おたがいにわかり合うための前提条件とは? “Thich Nhat Hanh: Living Buddha, Living Christ” No.2―What is a prerequisite for mutual understanding between Buddhists and Christians?

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ティク・ナット・ハンの著作に、たびたび登場する言葉「インタービーイング
(相互共存)」。これこそが、仏教徒キリスト教徒が、おたがいにわかり合うための
前提条件――解説を、バイリンガルで、どうぞ。

Thich Nhat Hanh often refers to the word “interbeing” in his books. This is just
a prerequisite for mutual understanding between Buddhists and Christians――more to
come both in English and in Japanese.

 

 

 

When we look into the heart of a flower, we see clouds, sunshine, minerals, time, the
earth, and everything else in the cosmos in it. Without clouds, there could be no rain, and
there would be no flower. Without time, the flower could not bloom. In fact, the flower is
made entirely of non-flower elements; it has no independent, individual existence. It
“inter-is” with everything else in the universe.

一輪の花を深く見つめてみたら、雲や陽光、鉱物、時間、大地、そして宇宙のなかに
あるすべてのものさえ見えてきます。雲がなければ、雨は降らず、雨が降らなければ、
花は咲かないでしょう。もしも時間というものがなければ、花は開花することが
できません。実際、花は花以外のすべてからできているのです。この世にそれ自体で
独立して個として存在しているものはひとつもありません。この花は宇宙に存在する
他のすべてのものと「インタービー(相互共存する)」しているのです。

 

 

Interbeing is a new term, but I believe it will be in the dictionary soon because it is such
an important word. When we see the nature of interbeing, barriers between ourselves
and others are dissolved, and peace, love, and understanding are possible. Whenever
there is understanding, compassion is born.

インタービーイングとは最近の造語ですが、すぐに新語として辞書にとり入れられると
私は信じています。この言葉は本当に大切な言葉だと私は思うからです。
インタービーイングの本当の意味を理解できたならば、私たち自身と他者とのあいだに
立ちはだかる障壁は消え、平和と愛と理解が可能になります。理解する心が
芽生えたら、慈愛が生まれます。

 

 

Just as a flower is made only of non-flower elements, Buddhism is made only of
non-Buddhist elements, including Christian ones, and Christianity is made of
non-Christian elements, including Buddhist ones. We have different roots, traditions, and
ways of seeing, but we share the common qualities of love, understanding, and
acceptance. For our dialogue to be open, we need to open our hearts, set aside our
prejudices, listen deeply, and represent truthfully what we know and understand.

ちょうど一輪の花が花でないすべての要素からできているように、仏教もまた、
キリスト教の要素も含めた仏教以外のすべての要素からできているのです。私たちは
ルーツや伝統、そして物の見方もみな違っていますが、同時に愛や理解、受容の心
といった共通する資質も持っています。対話の扉を開くためには、まず心を開き、偏見
を脇において、深く相手の言葉を聞き、そこから了解したこと、理解したことを心を
こめて現わしてみることです。

 

 

To do this, we need a certain amount of faith. In Buddhism, faith means confidence in our
and others’ abilities to wake up to our deepest capacity of loving and understanding. In
Christianity, faith means trust in God, the One who represents love, understanding,
dignity, and truth.

これを実行するためには、ある程度の信 (仰) が必要です。仏教でいう信とは、自己の
なかにも他者のなかにも、愛と理解をめざめさせる大きな力が秘められているという
ことへの深い信頼を意味します。キリスト教における信仰とは、愛と理解、荘厳にして
真実なるものを代表する大いなる一者の存在を信じることを意味しています。

 

 

When we are still, looking deeply, and touching the source of our true wisdom, we touch
the living Buddha and the living Christ in ourselves and in each person we meet.

私たちが鎮まり、深く見つめて、真実の叡智の源に触れるならば、生きて、いま、ここ
にある仏陀、私たちのなかで息づくキリストをみずからのなかにも、私たちが出会う
すべての他者のなかにも見いだし、それと触れあうことができるのです。

 

 

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「ティク・ナット・ハン:生けるブッダ、生けるキリスト」。その1。違う宗教の人と対話する時に心がけるべき点とは? “Thich Nhat Hanh: Living Buddha, Living Christ” No.1―What are the points that we should keep in mind when we talk with people in different tradition?

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ティク・ナット・ハンは、これまで私が英語で仏教を学んできて、最も影響を受けた人
の一人です。前回まで、ダライ・ラマの語るキリスト教と仏教との比較について紹介
してきましたが、今回よりティク・ナット・ハンの同じトピックへの解説を紹介して
いきたいと思います――バイリンガルで、どうぞ。

Thich Nhat Hanh is one of those who most influenced me while I have been learning
Buddhism through English so far. Until last time, I have been introducing Dalai Lama’s
talk about comparison between Christianity and Buddhism. From this time on, I would
like to let you know Thich Nhat Hanh’s commentaries on the same topic――more to
come both in English and in Japanese.

 

 

 

For any dialogue between traditions to be deep, we have to be aware of both the
positive and negative aspects of our own tradition.

相異なる伝統間での対話を深めるためには、私たちは自分の伝統の長所、短所によく
気づく必要があります。

 

 

In a true dialogue, both sides are willing to change. We have to appreciate that truth can
be received from outside of――not only within――our own group. If we do not believe
that, entering into dialogue would be a waste of time.

双方が自分を変える意思を示すときにこそ真の対話が成立します。真実は自分の属して
いる共同体のなかからだけでなく、その外部からも受けとることができるという事実
を、私たちは十分に認識しておかなければなりません。もしもこのように考えることが
できないとしたら、いくら対話をしようと取り組んでも時間の浪費におわるでしょう。

 

 

If we think we monopolize the truth and we still organize a dialogue, it is not authentic.
We have to believe that by engaging in dialogue with the other person, we have the
possibility of making a change within ourselves, that we can become deeper.

自分たちの信じることが真実であるから、自分たちが先導してゆくべきだと考えている
としたら、それも本物の対話の成立を阻みます。他の人との対話を行なうときには、
私たちは誰でも自分の内側から心を変えてゆくことができ、それによって、私たちは
双方とも、さらに深く理解し合えるようになるという確信を持って対話に
むかわなければなりません。

 

 

Dialogue is not a mean for assimilation in the sense that one side expands and
incorporates the other into its “self.” Dialogue must be practiced in the basis of
“non-self.” We have to allow what is good, beautiful, and meaningful in the other’s
tradition to transform us.

対話とは一方の側が自己拡張して、相手方を自分たちが主張する「自我」にとりこんで
ゆくという意味での、一方による他方の吸収同化手段ではありません。対話には自他の
区別を越えた「無我」という視点が必要です。相手が基盤としている伝統が持っている
よいもの、美しいもの、そして味わい深いものに心を開いて、それを自分が変わって
ゆく力としてゆかなければなりません。

 

 

But the most basic principle of interfaith dialogue is that the dialogue must begin, first of
all, within oneself. Our capacity to make peace with another person and with the world
depends very much on our capacity to make peace with ourselves.

異宗教間の対話で最も基本的な原則は、まずその対話が自己のなかではじめられ
なければならないということです。他者や世界との平和的な関係や世界と私の平和を
打ち立てる力は、この自己内部の平和にかかっているのです。

 

 

If we are at war with our parents, our family, our society, or our church, there is probably
a war going on inside us also, so the most basic work for peace is to return to ourselves
and create harmony among the elements within us――our feelings, our perceptions, and
our mental states. That is why the practice od meditation, looking deeply, is so important.

たとえば、もしも両親や家族、社会、あるいは自分の宗派の教会とのあいだに諍いが
起こったときには、恐らく自分の心のなかにも波風が立っているはずです。
したがって、最も大切な平和の仕事は、まず自分に戻って、自分の心のなかで起こって
いるさまざまな現象、すなわち感受作用、認識・判断作用などの心の活動状態をじっと
見つめてみることです。自分の内部を深く見つめる瞑想の練習が大切なのはこのため
です。

 

 

We must recognize and accept the conflicting elements that are within us and their
underlying causes. It takes time, but the effort always bears fruit. When we have peace
within, real dialogue with others is possible.

私たちの心のなかで対立しているさまざまな要素、その奥に隠れている原因を、それと
認め、受け入れることが必要です。時間がかかる仕事ですが、この努力は必ず実を
結びます。私たちひとりひとりが内なる平和を実現するとき、他者との対話が可能に
なるのです。

 

 

 

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「ダライ・ラマ、イエスを語る」。その24。日本の仏教など大乗仏教で忘れてはならない「菩薩の理想」とは? “Dalai Lama: The Good Heart” No.24―What is “the bodhisattva ideal” in Mahayana Buddhism such as Japanese one that we should not forget?

 

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ダライ・ラマの通訳、トゥプテン・ジンパ氏が、仏教徒である日本人が忘れては
ならない「菩薩の理想」について解説しています――バイリンガルで、どうぞ。

Thupten Jinpa, Dalai Lama’s translator, gives us commentaries on “the bodhisattva ideal”
that Japanese Buddhists should not forget ――more to come both in English and in
Japanese.

 

 

 

A bodhisattva, literally meaning “one with a heroic aspiration toward enlightenment,” is
an altruistic being with tremendous courage. Bodhisattvas are those individuals who,
though capable of personal liberation, choose to take upon their shoulders the task of
freeing others from suffering.

菩薩とは、もともとは「覚醒への大いなる志を抱く者」といった意味の言葉ですが、
信じられないほどの勇気を持って利他の実践をおこなう者のことをさします。菩薩は、
自分個人が解脱することも可能なのに、それを後回しにして、他人を苦しみから
解放するという大仕事を、みずからに課すことを選択した人たちです。

 

 

The compassion of such a being is boundless and transcends all considerations of
division. The bodhisattva is a friend, a servant, and a spiritual kin to all beings regardless
of personal acquaintance.

このような人々の慈悲の心には限界がなく、そこには区別の意識などはみじんも存在
しません。菩薩は友であり、僕(しもべ)であり、相手のことを知っていようが
いなかろうが、区別なくすべての生き物に親しい、霊的な親族のような存在なのです。

 

 

The depth of a bodhisattva’s heartfelt compassion is expressed through various media,
including the visual arts. In Tibetan culture, perhaps the most famous depiction of this
infinite compassion can be found in the legend of Thousand-Armed Chenrezig, the
Bodhisattva of Compassion.

菩薩の抱いている心底からの慈悲の深さは、芸術をはじめとするさまざまな方法で表現
されています。この無際限の慈悲の心をあらわすものとして、チベット文化でもっとも
有名なものは、慈悲の菩薩である「千手観音菩薩」の伝説であろうと思います。

 

 

In this legend, we see that Chenrezig’s compassionate concern for all beings was so
intense, he found that unless he had a thousand arms and a thousand eyes, he could not
adequately fulfill the wishes of the infinite sentient beings. It was the force of his
single-pointed aspiration that one day gave him those thousand arms and thousand
eyes. To this day, this image remains a potent religious symbol to the followers of
Mahayana Buddhism.

あらゆる生き物のことを気づかう、あまりにも強い慈悲心の持ち主であるこの観音菩薩
は、みずから千本の手と千の目がなければ、生きとし生けるものすべての願いを十分に
かなえることはできないとお思いになった、とこの伝説は語っています。菩薩は
このことを一心に念じ続けて、とうとうある日、千本の手と千の目を得たのだと
言います。今日にいたるまで、この観音菩薩のイメージは、大乗仏教徒にとって、
力強い宗教的象徴であり続けています。

 

 

A bodhisattva’s compassion for others should not be perceived purely in terms of
emotion. It is not a feeling rooted in attachment, nor is it based on any self-regarding
considerations such as thinking that being compassionate is good for one’s health or
spiritual well-being. It is a feeling arising spontaneously from a perception of others’
suffering and the simple recognition that others are sentient beings just like oneself.

菩薩の他者への慈悲の心は、たんなる感情としてとらえてはいけない、と思います。
それは執着に根ざした感情でないし、慈悲の心を持つと、自分の健康にもいいし、
精神的にもよい影響をあたえるから、というような、利己的な動機にもとづいている
のではありません。他人が苦しんでいることを認めて、他者もまた自分と同じ生きとし
生けるものなのだと気づくことのうちから、自発的に生まれる感情なのです。

 

 

In other words, there is a sense of connectedness and deep empathy with others yet with
a degree of freedom from attachment. There is neither attachment nor detachment. Of
course, such compassion arises only through deliberate cultivation. It is here that insight
plays a crucial role in the Buddhist path.

いいかえますと、自分と他者の間につながり(縁)のあることを感じて、深い共感を
覚えても、それが執着に陥らないような、心の自由さを保っていられることの中から、
菩薩の慈悲は育ってきます。執着でも無関心でもありません。そういう慈悲の心は、
じっくりと内省を重ねて、修練を積むことによってのみ、生まれてくることが
できます。仏教の道で、洞察の重要性が説かれるのは、そのためなのです。

 

 

Insight is the skillful navigator that steers the course of the compassionate ship.
According to the Mahayana scriptures, a bodhisattva shuns personal enlightenment
because of his or her compassion, and through this insight, he or she transcends the
world of fluctuating existence. In other words, the bodhisattva steers a middle course
between the solitary peace of nonexistence and the perpetual flux of becoming.

洞察は、熟練した水先案内人のように、慈悲という船の舵取りの働きをします。
大乗仏教の経典によると、菩薩は慈悲心によって、自分が悟りの中に入ってしまうのを
やめて、この洞察の力によって、流転を続ける存在の世界を超えようとします。つまり
菩薩というのは、非存在の孤独な平安と、生成を続ける世界の絶え間ない流れとの、
ちょうど中道を行く生き方を選んだ者なのです。

 

 

 

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The Good Heart: His Holiness the Dalai Lama

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The Good Heart: A Buddhist Perspective on the Teachings of Jesus

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「ダライ・ラマ、イエスを語る」。その23。仏教の教えの核心を一言でいうと? “Dalai Lama: The Good Heart” No.23―How do you summarize the essence of the Buddhist teachings?

 

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ダライ・ラマの通訳、トゥプテン・ジンパ氏が、さらに深く仏教を理解するための解説
をしています。まずは、「仏教の教えの核心」に関するダライ・ラマの言葉から――
バイリンガルで、どうぞ。

Thupten Jinpa, Dalai Lama’s translator, gives us commentaries for deeper understanding
of Buddhism. First, on Dalai Lama’s words in terms of the “essence of Buddhist
teachings.” ――more to come both in English and in Japanese.

 

 

 

When asked to summarize the essence of the Buddhist teachings, His Holiness the Dalai
Lama always has a simple answer: “Help others if you can; but if you cannot, at least
refrain from harming others.” This, of course, is the central teachings of the Buddha.

仏教の教えの核心を一言で教えてほしいと請われると、ダライ・ラマはいつでもこう
答えています。「他人のために尽くしなさい。もし、それができないのなら、
少なくとも他人を害してはいけません」。これこそが、ブッダの中心的な教えです。

 

 

Needless to say, at this level there is no real difference between the teachings of the
Buddha and those of Jesus Christ. Both teach a path to salvation through compassionate
service to others; both expound a way of transcending the narrow confines of
self-centered existence; and both acknowledge the presence of a seed of spiritual
awakening within us all.

言うまでもないことですが、ここには、ブッダの教えもイエス・キリストの教えも違い
はないのです。お二人とも、他人に慈悲の心をもって尽くすことが救いへの道であると
説いています。また、お二人とも、自己中心的な人生の狭さや限界を超える方法を
説き、私たちすべての中に、すでに霊性への目覚めへの種子が蒔かれている、と教えて
います。

 

 

Yet, in another sense, there is a need for an appreciation of the distinctness of each path.
If nothing else the differences of language, imageries, and underlying cultural and
historical conditions demand a recognition of their separate identity. We must not let
diversity alienate us from the common core, nor must we allow similarities to obliterate
the distinct lines.

しかし、同時にそれとは別の意味で、たがいの道の違いにも目を向けなければならない
でしょう。言語やイメージや土台となっている文化や歴史的条件の違いだけを見ても、
それぞれが別のものであると認識しなければならない必要を教えています。つまり、
一方で違いがあるといってそこに共通の核があることを忘れてはならないと同時に、
似た点があるからといって明確な違いをおおい隠してしまってはならないのです。

 

 

So, what is Buddhism? Of course, we could simply state the obvious: Buddhism is the
religion of the Buddha. It is, however, important that by doing so we do not give the false
notion that there is a homogeneous tradition called “Buddhism” with a unitary system of
beliefs and practice.

では、一体、この仏教とは何なのでしょうか? もちろん、仏教をブッダの宗教である、
と一言で言い切ることも可能でしょう。しかし、単一の信仰とシステムをもつ、
「仏教」という均質な宗教などがあるわけではありません。

 

 

Like any major spiritual tradition of the world, Buddhism has over time evolved into many
different lineages――all of which share the same banner of “the teachings of the
Buddha.” All of these schools trace their evolution to the teachings of Gautama Buddha,
who is also known as Buddha Shakyamuni, the so-called historical Buddha who lived
sometime around the sixth century B.C.

世界のほかの主要な宗教と同じように、仏教も「ブッダの教え」を同じ旗印に
しながらも、長い間にはたくさんの異なる流れに、分裂をしてきました。しかし、どの
派もすべて、紀元前六世紀頃に生きていた、いわゆる歴史上のブッダである
シャカムニ・ブッダまたはゴータマ・ブッダの教えをその源としていることに、かわり
はありません。

 

 

The Buddha taught a path to freedom from suffering that involves a deep understanding
of the nature of existence. He saw the condition of existence in terms of a perpetual cycle
of dissatisfaction and believed that the key to ending this cycle lies in an insight into its
true nature.

ブッダは、生存の本性を深く理解することによって、苦しみから解放される道を
教えました。ブッダは、生存は永遠に満足が得られることのない循環の中におかれて
いると見抜き、そこから逃れる鍵は生存の本性への洞察以外にはない、と確信したの
でした。

 

 

For the Buddha, an understanding of the dynamics of cause, condition, and effects is
critical to an individual’s spiritual quest. Nothing comes into being without a cause, and
when all the conditions are created, there is nothing that can prevent the consequence.

ブッダにとっては、原因と条件と結果の力学を理解することが、一人一人の霊性の探求
に、きわめて重要な意味を持っていました。原因なしには何ものも存在しません。
そして、すべての条件が整えば、その結果として起きることを阻むことなどは、誰にも
できません。

 

 

According to the Buddha, the principal cause of our own perpetual cycle of suffering is
our deeply ingrained clinging to the sense of a permanent “self.” This grasping gives rise
to a host of defilements――especially attachment, hatred, and ignorance――creating
the basis for a confused psychological and emotional life.

ブッダによれば、私たちの永遠の苦しみの循環をもたらしている主な原因は、私たちが
永続する「自己」の感覚に、深く執着し、しがみついていることからもたらされます。
こういうしがみつきから、執着や憎しみや愚かさのような、さまざまな汚染が発生し、
そのために私たちは、心理的・感情的に、混乱した人生を送ることになって
しまいます。

 

 

Attachment toward those whom we perceive to be close to this “true me” and aversion
toward those whom we think threaten the well-being of this “self” become the mode of
our interaction with fellow beings. This, in turn, leads to deeds that are detrimental to
both self and others. The true path to freedom lies in the development of insight into the
absence of such a permanent “self.”

そして、「本当の私」なるものにとって親密だと思う人たちに執着し、この「私」の
幸福を脅かすと思う人たちを嫌悪することが、他人との関係の基本姿勢となってしまう
のです。これがひいては、自分にとっても他人にとっても有害な行為へと、私たちを
導くことになります。自由への真実の道は、そのような永続する「私」などというもの
はない、という洞察を深めていくことから、もたらされます。

 

 

 

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