宗教にせよ、スピリチュアルにせよ、「エゴ」は悪であり、捨てるべきものという考えは一般的かも知れません。しかし、その著作が世界中の国々で翻訳されているディーパック・チョプラは、違う考えを持っているようです――バイリンガルで、どうぞ。
Be it religious or spiritual, it might be a general idea that “ego” is evil and should be thrown out. However, Deepak Chopra, whose books are translated in the countries all over the world, seems to have a different consideration――more to come both in English and in Japanese.
To believe in one reality that is totally interconnected isn’t mystical at all, it turns out. How, then, did the belief in one reality fall apart? There was another alternative, which also put each person at the center of his or her own world. But instead of being included, one feels alone and isolated, driven by personal desire rather than a shared life force or communion through the soul.
結局のところ、すべてがつながり合っているという真実を信じることは、難しくはありません。では、どうして、現実は、こんなにもばらばらになってしまったのでしょうか。人間一人一人がそれぞれに世界の中心とする考え方があってもよかったはずです。ところが、人は、魂を通じて生命力と共有し、交流する代わりに、個人の欲望を優先し、孤立することを選んだのです。
This is the choice we call ego, although it has been called by other names, such as the pursuit of pleasure, the bondage of karma, and (if we resort to a religious vocabulary) banishment from paradise. So thoroughly does it permeate our culture, following your ego doesn’t feel like a choice anymore.
この選択を私たちは「エゴ」と呼びます。同時にエゴは、快楽の追求とか、カルマの束縛、また宗教的言葉に頼るなら、楽園からの追放といった、さまざまな名前で呼ばれてきました。この考え方があまりにも私たちの文化に深く浸透してしまったため、私たちはエゴに従うことが自分たちの選択の結果ではなく、当たり前のこととして受け止めるようになったのです。
We’ve all been carefully trained since childhood in the ways of I, me, and mine. Competition teaches us that we have to fight for what we want. The threat of other egos, who feel as isolated and alone as we do, is ever present――our desires could be thwarted if someone else gets there first.
私たちはみな子供の頃から、非常に注意深く「私は」「私を」「私に」「私のもの」といった自分を中心に置く概念を教えられてきました。競争社会は私たちに、欲しいものを手に入れるために争わなければならないと言います。エゴは、私たちに脅威を与え、誰かが先に欲しがるものを手に入れてしまえば、自分の分は残らないと考えさせます。
I don’t have an ego-bashing agenda in mind here. Ego bashing looks for a villain whose actions keep people from finding happiness, which is the underlying reason why people suffer, why they never find their true self, God, or the soul. The ego, we are told, blinds us with its constant demands, its greed, selfishness, and insecurity.
私は、エゴに対する批判を展開しようと思っているわけではありません。エゴ叩きは、なぜ人は幸福になれないのか、なぜ人は苦しみ続けなければならないのか、なぜ人は本当の自己や神、魂を見つけることができないのか、といったことをすべてエゴのせいにするためにあるように思います。私たちは、エゴのもつ底知れぬ貪欲さ、欲望と利己性、不安によって目隠しされていると教えられています。
This is a common theme but a mistaken one, because throwing the ego into the dark, making it an enemy, only creates more division and fragmentation. If there is one reality, it must be all-inclusive. The ego can’t be thrown out any more than desire can be thrown out.
あまりにもよくいわれる話ですが、それは間違った考え方です。エゴを闇に葬り、悪役にしたてることは、より多くの分離と分裂をもたらすだけだからです。もし、一つの大きな真実が存在するとすれば、そこにはすべてが (エゴも含めて) 含まれているはずです。となれば、エゴは、願望と同じくらい捨ててはならないもののはずです。
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