しあわせになる英語 English for Happiness

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「悟りを生きる」。その6。あなたを、人類を、苦しめてきた「自己中心性」から脱却する方法とは? “Living Realization” No.6――What is the method to escape from the “self-centered patterns” which have brought suffering to you and humanity?

 

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すべての苦しみの根本は「自己中心性」だと言います。そして、そこから脱却するため
の方法は、それほど難しくない――解説を、バイリンガルで、どうぞ。

Self-centered patterns are said to be the root of all sufferings, and the method to escape
from those patterns is not so difficult――more to come both in English and in Japanese.

 

 

 

Every appearance is temporary. There is no exception. All of life is impermanent. In
seeing that all appearances are temporary, we simply let them be. We let them come and
go freely and uninterruptedly. This is perfect acceptance of life.

あらゆる現れは一時的なものです。例外はありません。人生で出会うどのような出来事
も永遠には続きません。現れはすべて一時的なものだとわかると、私たちは現れが
あっても構わないと思うようになり、それが訪れたり去ったりするのを黙って見ている
ことができます。これが生を完全に受容するということです。

 

 

In coming to see this impermanence, we realize tremendous freedom. There is a natural
surrender to the ever-flowing and changing appearances that come and go, without
needing to exert our personal will against those appearances.

私たちの直接的な体験はいつかは去ってしまうものだと知ると、とてつもない自由を
実感します。訪れては去っていき、とめどなく流れて変化する現れに抵抗することが
自然になくなっていきます。そして現れを自分の個人的な意思に従わせる必要も
なくなります。

 

 

In fact, we come to see that the sense of a personal will was experienced because of the
belief in a self-center, a central person who must change, neutralize, manage, control,
escape, or get rid of certain appearances.

その時にわかることですが、実は個人的な意思があるという感覚をもったのは、自己の
中心、つまり中心的人格が存在していて、それが特定の現れを変えたり、無力化
したり、管理したり、思い通りにしたり、取り除いたり、またはそれから逃げたりする
役割を担っていると信じていたからなのです。

 

 

In allowing all appearances to arise and fall, without emphasizing any of them, we come
to see through the belief in this self center. The self center is seen to be nothing more
than a series of temporary appearances. The appearances are not happening to
a separate self. They are coming and going to awareness.

どのような現れも重視することなく、立ち現れて崩れ去るままにさせておくことに
より、自己の中心が存在すると思っていたのは誤りだったと見抜けるようになります。
自己の中心とは、一時的な現れの連なりに過ぎないことがわかります。現れは独立した
自己に起きるわけではなく、気づきに訪れて去っていくのです。

 

 

Every appearance has a limited life span. It comes and then it goes, leaving no trace. For
example, when a thought arises and says, ”I’m a person,” see that this thought is
temporary. Out of nowhere, it appears. It hangs around for a short time and then
disappears, leaving no trace. All thoughts are like this. It may seem as though some
thoughts last a long time, but this is not really the case. A thought is a single, short-lived
appearance.

どのような現れにも限られた寿命があります。訪れてもやがて去っていき、何の形跡も
残しません。「私は一人の人間だ」という思考が現れたなら、この思考はやがて消えて
しまうものだと見抜いてください。それはどこからともなく現れ、少しのあいだ
うろうろしてから跡形もなく消えてしまいます。あらゆる思考は同じような過程を
たどります。長く留まる思考もあると思うかもしれませんが、実際はそのようなことは
ありません。思考とは、一回きりの短命な現れなのです。

 

 

The seemingly permanent sense of a separate self (the self center) is experienced because
thoughts about the self are repeatedly emphasized. In the story of thoughts, you are the
central character. However, your story is not what it appears to be. It is not your real
identity.

独立した自己(自己の中心)がずっと存在しているかのような感覚をもつのは、その
自己に関する様々な思考を繰り返して重視するからです。その思考から成る物語の
中で、あなたは中心人物です。でもその物語は現実ではありません。物語のあなたは
本当のあなたではないのです。

 

 

In recognizing yourself as the basic awareness to which all these thoughts appear, you
begin to see what is really happening. A series of temporary thoughts are arising, like
snapshots in a photo album.

本当のあなたは根底にある気づきであり、それらの思考はこの気づきに現れているもの
だと認識することで、あなたは本当に起きていることを理解し始めます。実際は現れて
すぐに消えてしまう思考が連なっているだけなのです。ちょうどアルバムに収まった
スナップ写真のようなものです。

 

 

They are not pointing to an inherent self. They are pointing only to themselves. The story
of you only points to itself. There is no self beyond, underneath, or behind the story.
There is only a story.

それらの思考は自己が継続して存在することを示しているわけではなく、単に
そのような思考があることを示しているだけです。あなたの物語は、単にそのような
物語があることを示しているだけです。その物語をひっくり返して調べても、どこにも
自己は見つかりません。ただ物語があるだけです。

 

 

Somewhere within the series of thoughts in your story, there is a “connecting” thought
that arises and says, “All of this is happening to me,” or “All of these are my thoughts.”
This “connecting” thought contains no more power or truth than any of the other
thoughts. It arises and then falls. But the thought is believed, and that is what solidifies
the false sense of separation.

あなたの物語の中に連なる思考のどこかで、「今起きていることはすべて、この身が
体験している」とか、「これらはすべて、私の思考だ」などと主張する思考が生まれて
「関連づけ」を行います。この「関連づけ」の思考が、他の思考よりも影響力が
あったり真実に近いということはありません。立ち現れた後で崩れ去るだけです。でも
私たちはの思考を事実と見なすために、独立して存在するという偽りの感覚を定着
させてしまうのです。

 

 

You are not your name, your job title, your role, or any other thoughts that come and go
to awareness. Your real identity is awareness itself. Thoughts, at best, creates
a conventional existence. They are convenient for the purposes of communication. For
example, when you are filling out your tax forms, the thought that you call yourself “John
Smith” is useful. You wouldn’t use the word “awareness” where your signature is required.

あなたは名前や肩書、役割のように、気づきに訪れて去っていく思考ではありません。
本当のあなたとは気づきそのものです。思考はせいぜい陳腐な存在を創作することしか
できません。思考はコミュニケーションという目的には便利なものです。例えば税金の
書類を作成する時などは、あなたが自分の名前として使う「ジョン・スミス」のような
思考が役に立ちます。まさか氏名欄に「気づき」などとは書けないでしょう。

 

 

Although thought is useful for practical purposes, it cannot provide the answers to the
deeper questions in life like, “Who am I?” and “What is absolutely true?” In the
recognition of awareness, these questions simply fall away; it is seen that there is no
need to answer them intellectually.

思考は実用的な面では役立ちますが、「私とは誰か?」とか「絶対的な真実とは?」
などという人生の深遠な疑問には答えられません。気づきを認識すると、このような
疑問はすっと消えてしまいます。それらに知的な解答は必要ないことがわかるから
です。

 

 

It is not just thoughts that are temporary; all appearances come and go. Notice that
every emotion, sensation, state, and experience also has a short life span.

一時的であるのは、思考だけではありません。現れはすべて訪れたら去っていきます。
あらゆる感情や感覚、状態、体験も短命です。現れる物事はすべて一時的なものだと
わかり始めると、それらがあっという間に消えてしまうのもわかるようになります。

 

 

All things come and go. That is their nature, whether we like it or not. That is the
meaning of true surrender.

あらゆる物事は訪れては去っていくのです。それを私たちが好ましく思おうが
思うまいがそれが物事の本質です。それが真のゆだねるという意味です。

 

 

When we stop trying to find the answers to our deepest questions in thought, we begin
to experience real acceptance, peace, freedom, love, compassion, and wisdom in our
lives. We find the well-being we’ve been seeking.

最も深遠な疑問の答えを思考の中に探すことをやめた時、私たちは生の本当の受容、
安らぎ、自由、愛、憐れみ、そして英知を知るのです。これまでずっと求めてきた幸福
がそこにあります。

 

 

Imagine a flower which, for years, has tried to find its real identity through constantly
labeling itself with temporary thoughts. One day, the flower stop looking to those labels
for a sense of identity, and simply stretch itself out to the sun, opening itself up to the
simple act of being. Instead of trying to work out what it is, it begins to just be what it is.
In the same way, when we stop trying to find our true identity through temporary
appearances, we start naturally being what we are.

一輪の花を想像してください。その花は自分とは何かを知りたくて、浮かんでは消える
思考のラベルを何年も自分に貼り続けてきました。ある日その花は、自分を知るために
そのようなラベルを当てにするのをやめました。そうして日差しの中で思い切り体を
伸ばし、ただ存在することに身を任せました。自分はなのかを考えるよりも、
そのままの自分でいるようになったのです。これと同じように、私たちが本当の自分を
知ろうとしてその場限りの思考に頼るのをやめた時、おのずとあるがままの自分でいる
ようになります。

 

 

 

 

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