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「ダライ・ラマ こころの育て方」その10。敵に出会うことは、成長へのチャンス?

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あなたを傷つけようとする敵が現れたら、それを試練と捉え、自分が成長する
きっかけになるチャンスと考える――そんな綺麗ごと、言うのは簡単だけど、実践する
のは不可能だと思う人がほとんどでしょう。でも仏教の観点から、この問題について
語るダライ・ラマの言葉に耳を傾けてみると、今までと違った人生が開けるかも
しれません。バイリンガルでお届けします。

 

“In Buddhism in general, a lot of attention is paid to our attitudes towards our rivals or
enemies. This is because hatred can be the greatest stumbling block to the development
of compassion and happiness. If you can learn to develop patience and tolerance
towards your enemies, then everything else becomes much easier――your compassion
towards all others begins to flow naturally.”

「仏教全般において、私たちは自分のライバルや敵に対する姿勢に多くの注意を
払います。その理由は、慈悲や幸福感をはぐくむ上で、憎悪は最大の障害になるから
です。もしあなた方が自分の敵に対する忍耐や寛容を育てることを学ぶことが
できれば、すべてはもっと平穏にはこび、他の人に向けた慈悲の心が自然に流れ
始めます」

 

“So, for a spiritual practitioner, one’s enemies play a crucial role. As I see it, compassion
is the essence of a spiritual life. And in order for you to become fully successful
in practicing love and compassion, the practice of patience and tolerance is
indispensable. There is no fortitude similar to patience, just as there is no affliction worse
than hatred. Therefore, one must exert one’s best efforts not to harbor hatred towards
the enemy, but rather use the encounter as an opportunity to enhance one’s practice of
patience and tolerance.”

「ですから、敵という存在は、精神的実践者にとって何にも増して重要な役割を
果たします。私自身が理解してきたことですが、慈悲は精神生活の真髄です。愛や慈悲
を充分に実現するためにも、忍耐と寛容をそだてる修行は欠かすことのできないもの
です。忍耐ほど勇気を要するものはなく、憎悪ほど苦悩をもたらすものはありません。
したがって、敵に対して憎悪を宿さないように最善の努力を傾けるべきであり、敵と
めぐりあうことはむしろ自分の忍耐と寛容をそだてる好機として利用すべきなのです」

 

In fact, the enemy is the necessary condition for practicing patience. Without
an enemy’s action, there is no possibility for patience or tolerance to arise. Our friends
do not ordinarily test us and provide the opportunity to cultivate patience; only
our enemies do this. So, from this standpoint we can consider our enemy as a great
teacher, and revere them for giving us this precious opportunity to practice patience.”

事実、敵は忍耐を実践するために必要な条件です。敵の行動がなければ、忍耐や
寛容がはぐくまれる可能性もないことになります。私たちの友人は、ふだん私たちを
試したり、忍耐をそだてる機会を提供することはなく、敵だけがそのような機会を
与えてくれるのです。こうした観点から、私たちは敵を偉大な師だと考え、忍耐力を
実践する機会を与えてくれたことで彼らを尊ぶことができるのです」

 

このダライ・ラマの言葉を受けて、著者ハワード・C・カトラーは、以下のように
続けています。

 

Imagine what it would be like if we went through life never encountering an enemy or
other obstacles for that matter, if from the cradle to the grave everyone we met
pampered us, held us, hand-fed us (soft bland food, easy to digest), amused us with
funny faces and the occasional “goo-goo” noise. If from infancy we were carried around
in a basket (later on, perhaps on a litter), never encountering any challenge, never
tested――in short, if everyone continued to treat us like a baby.

次のように想像してみよう。私たちが生きる上で、もし敵や妨害にあわなかったら、
どうだろう。私たちが揺りかごから墓場まで、その間に出会う人たちがみな、私たちを
甘やかし、支えてくれ、口あたりのよい食べ物や消化のよい食べ物を与えてくれ、
面白い顔やあやし言葉で楽しませてくれたら、どうだろう。私たちが幼児期から
バスケットや担架で運ばれ、どのような挑戦もせず人から試されず、誰もが赤ん坊の
ようにあつかったら、どうだろう。

 

That might sound good at first. For the first few months of life it might be appropriate.
But if it persisted it could only result in one becoming a sort of gelatinous mass,
a monstrosity really――with the mental and emotional development of veal. It’s the very
struggle of life that makes us who we are. And it is our enemies that test us, provide us
with the resistance necessary for growth.

最初は心地よく、次の二、三カ月は快適な人生だと感じるであろう。しかし、もし
そんな状況が続いたら、人は食用の仔牛のような精神と感情しか持ち合わせていない、
ゼラチンの塊か奇形動物に成長してしまうにちがいない。私たちが何者であるかを
決めてくれるのは、まさに人生における闘いなのである。私たちを試し、私たちが
成長していくのに必要な抵抗力を与えてくれるのは、まさに私たちの敵なのである。

 

The Art of Happiness: A Handbook for Living

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ダライ・ラマ こころの育て方

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