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「ダライ・ラマ こころの育て方」その12。「自己嫌悪 (self-hatred)」は克服できるか?

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私たちの中に、どうしても「自己嫌悪 (self-hatred)」という感情から逃れられない人が
いると知った時、ダライ・ラマは非常に驚いたと言います。私たちから見れば、逆に、
その反応こそが驚きですが、良く考えてみれば、これは、自己嫌悪というやっかいな
感情を克服するための重要なヒントを示しているのかもしれません。精神医学の
エキスパート、ハワード・C・カトラーによる解説をバイリンガルでご紹介します。

 

There are two points related to his remarkable reaction that warrant examination.
The first point is simply that he was unfamiliar with the existence of self-hatred.
The underlying assumption that self-hatred is a widespread human problem leads
to an impressionistic sense that it is a deeply ingrained feature of the human psyche.

検証に値する法王の瞠目すべき反応と関連して、二つの点をあげたい。一つは、単純に
法王が自己嫌悪の存在を知らなかったことである。自己嫌悪は一般にはびこっている
人間の問題であるという仮定にもとづくと、人間の心理にはそれが根深く染み込んで
いるという漠然とした印象に導かれる。

 

But the fact that it is virtually unheard of within entire cultures, in this case the Tibetan
culture, strongly reminds us that this troubling mental state, like all of the other negative
mental states that we have discussed, is not an intrinsic part of the human mind.

全文化を見回しても、ここでは特にチベット文化の場合を指すが、自己嫌悪をまったく
耳にしたことがないという事実は、私たちがいままで議論してきたすべての否定的
精神状態と同じように、この厄介な心理状態が、人間に自然に備わった性質ではない
ということを、私たちに強く思い起こさせる。

 

It is not something that we are born with, irrevocably saddled with, nor is it an indelible
characteristic of our nature. It can be removed. This realization alone can serve to
weaken its power, give us hope, and increase our commitment to eliminate it.

それは私たちが生まれつきもっている、または否応なしに背負わされたものでもなく、
私たちの本性の消すことのできない特性でもないのだ。それは取り除くことができる
のである。このことに気づくだけでも、その否定的な性質のもつ力を弱めることを
助け、私たちに希望を与え、その性質をなくそうとする意欲が湧いてくる。

 

The second point related to the Dalai Lama’s initial reaction was his response, “Hate
oneself? Of course we love ourselves!” For those of us who suffer from self-hatred or
know someone who does, this response may seem incredibly naïve at first glance.

特筆に値する二番目の点は、法王の「自分を嫌うですって?もちろん、私たちは自分の
ことを愛していますよ」という反応である。自己嫌悪で苦しんでいる人にとって、
または苦しんでいる人を知っている私たちにとって、法王の応答は一見純朴すぎる
ように思える。

 

But on closer investigation, there may be a penetrating truth to his response. Love is
difficult to define, and there may be different definitions. But one definition of love, and
perhaps the most pure and exalted kind of love, is an utter, absolute, and unqualified
wish for the happiness of another individual.

しかし、もっと詳細に検証してみると、法王の答えは真実を貫いていることがわかって
くる。愛というものは定義しにくく、さまざまな定義が存在する。しかし、一つの定義
として、最も純粋で至高の愛とは、他の人の幸福のための、完全な、純粋な、そして
絶対的な願いである。

 

It is a heart-felt wish for the other’s happiness regardless of whether he does something
to injure us or even whether we like him. Now deep in our hearts, there’s no question
that every one of us wants to be happy. So, if our definition of love is based on a genuine
wish for someone’s happiness, then each of us does in fact love himself or
herself
――every one of us sincerely wishes for his or her own happiness.

その人が私たちを傷つけるようなことをするとか、私たちがその人を好きかどうかに
関係なく、心からその人の幸福を願う愛である。すべての人が心の底から幸福に
なりたいと願っているということに、疑問の余地はない。だから、もし私たちの愛の
定義が、誰かの幸福を心から願うことにもとづいているのであれば、私たちそれぞれが
自分自身を愛せるはずである。私たちはみな自分自身の幸福を心から願うはずである。

 

We can directly counteract thoughts of self-contempt by reminding ourselves that
no matter how much we may dislike some of our characteristics, underneath it all we
wish ourselves to be happy, and that is a profound kind of love.

どんなに私たちが自分の性格のうちのいくつかを嫌っていても、心の底では私たちは
みな幸福を願い深い愛をもっていることを自らに思い出させることによって、自己卑下
という考えに直接対抗できるのである。

 

The Art of Happiness: A Handbook for Living

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ダライ・ラマ こころの育て方

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