しあわせになる英語 English for Happiness

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「なぜ今、仏教なのか」その6。たとえば「嫉妬」。人生を振り回す心の仕組みとは?

 

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自分が自分でなくなるほどの嫉妬。ほとんど誰もが身に覚えのある感覚ですが、心の
仕組みを解明しようとする本著では、そんな嫉妬の状態を例に、「モジュール」という
最新心理学の考え方を引用して、私たちの「自己」が、自身の心をコントロールして
いる、いわばCEO(代表取締役)的存在ではないことを解説しています。その瞬間瞬間
で、さまざまな「モジュール」あるいは「下位自分(subself)」が心の絶対的な支配者に
なる――私たちの心には、「たくさんの自分たち」が存在するというのです。抜粋を、
バイリンガルでご紹介します。

 

An increasingly common answer within the field of psychology, especially evolutionary
psychology, is that the mind is “modular”. In this view, your mind is composed of lots of
specialized modules――modules for sizing up situations and reacting to them――and
it’s the interplay among these modules that shapes your behavior. And much of this
interplay happens without conscious awareness on your part.

心理学、とくに進化心理学の分野で一般的になりつつある答えは、心が「モジュール」
的な構造をしているというものだ。この考え方では、人間の心はたくさんの専門化
されたモジュール――状況を判断して対処するための機能単位――からなっていて、
人の行動を決定づけるのはこうしたモジュールの相互作用だ。そして相互作用の大半は
本人が意識することなく起きている。

 

Again, jealousy is a particularly dramatic example of a module’s seizing control of the
mind. Whenever people are throwing things and screaming, that’s a tipoff that the brain
is under new management. And even when jealousy isn’t in its rage stage, it has
a conspicuously obsessive quality, compelling your mind to take particular trains of
thoughts over and over.

先ほどもいったとおり、嫉妬はモジュールが心のコントロールを奪いとるひときわ
ドラマチックな例だ。だれかがものを投げたりわめいたりしていれば、それは脳が
新しい管理下におかれている徴候だ。たとえ嫉妬が激しい怒りの段階にいたって
なくても、嫉妬には目立って偏執的な性質があり、心を特定の思考パターンに
しばりつけて堂々めぐりさせる。

 

The feeling of jealousy is so powerful that it may be hard to imagine resisting it. But
resistance, strictly speaking, isn’t the mindful way of dealing with jealousy anyway.
Rather the idea would be to observe the feeling mindfully as it begins to emerge and so
never become firmly attached to it.

嫉妬の感覚はあまりにも強烈で、あらがうことなど想像できないかもしれない。しかし
厳密にいえば、あらがうのは嫉妬に対するマインドフルな対処法ではない。むしろその
感覚がわきあがってくるのをマインドフルに観察し、完全にとらわれてしまうことが
ないようにするというのが仏教の発想だ。

 

If you don’t yield to attachment――if you don’t, as the Buddha might say, let your
consciousness become “engaged” with the feeling――then the jealousy module
presumably won’t be activated. Observing feelings without attachment is the way you
keep modules from seizing control of your consciousness. Easier said than done, I know.

もし嫉妬に執着しないなら――ブッダのいうように、意識がその感覚にしがみつかない
ようにすれば――おそらく嫉妬モジュールは活性化されない。執着することなく感覚を
観察することが、意識に対するコントロールをモジュールに奪わせない方法だ(口で言う
ほどやさしくはないことは私も承知しているが)。

 

Buddhist thought and modern psychology converge on this point: in human life as it’s
ordinarily lived, there is no one self, no conscious CEO, that runs the show; rather, there
seem to be a series of selves that take turns running the show――and, in a sense,
seizing control of the show.

仏教思想と現代の心理学はつぎの点に意見が収束している。人生には采配をとる単一の
自我やCEO的自己は存在しない。一連の自己たちが順番に采配をとり、ある意味で
コントロールをにぎっている。

 

If the way they seize control of the show is through feelings, it stands to reason that one
way to change the show is to change the role feelings play in everyday life. I’m not aware
of a better way to do that than mindfulness meditation.

自己たちがコントロールをにぎるのに感覚を利用しているなら、状況を変える一つの
方法は、日々の生活で感覚が演じている役割を変えることだ。マインドフルネス瞑想
ほどそれにふさわしい方法を私はほかに知らない。



Why Buddhism is True: The Science and Philosophy of Meditation and Enlightenment

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なぜ今、仏教なのか――瞑想・マインドフルネス・悟りの科学

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